病院の手すりから避難機器まで―。八潮工業会の工場見学会で出会った、人々の命と暮らしを支えるものづくりの最前線

「八潮市には、全国に誇れる企業が数多くある。」
そう耳にする機会はあっても、実際にどのような製品が、どのような人たちの手によって生み出されているのかを知る機会は決して多くありません。
私たちが普段何気なく利用している病院や学校、マンション、オフィスビル。その建物の中には、安全で快適な暮らしを支えるためのさまざまな設備が使われています。しかし、その製品がどこで作られ、どのような技術が込められているのかを知る人は意外と少ないのではないでしょうか。
2026年6月26日、八潮工業会の皆さんのご厚意により、八潮市新町にあるナカ工業株式会社 東京工場の工場見学会へ同行させていただく機会をいただきました。
約2時間にわたる見学でしたが、製品一つひとつに込められた技術力と、安全を守るための徹底した品質管理、そして”ものづくり”に向き合う社員の皆さんの姿勢に触れ、時間を忘れて見入ってしまうほど充実した内容でした。
今回は、その様子をお伝えしたいと思います。
地域の産業を支える「八潮工業会」

八潮工業会創立60周年記念式典の様子
今回の工場見学会を企画してくださったのは、「八潮工業会」です。
八潮工業会は、市内の製造業を中心とした企業が集まり、企業同士の交流や技術向上、地域産業の発展を目的として活動している団体です。
会員企業同士が情報交換を行うだけでなく、親睦を深める交流事業や地域貢献活動なども積極的に実施し、八潮市の産業を支える大切な役割を担っています。
八潮市は首都圏にありながら、多くの製造業が集積する「ものづくりのまち」として知られています。
高い技術力を持つ中小企業から全国的なメーカーまで、さまざまな企業が地域に根付き、それぞれが得意分野を活かしながら日本のものづくりを支えています。
しかし、その技術や魅力が市民の皆さんに伝わる機会は決して多くありません。
今回のような工場見学は、地域企業を知る貴重な機会であると同時に、「八潮にはこんなすごい企業がある」ということを改めて実感できる取り組みでもあります。
創業90年以上。建築を支える老舗メーカー「ナカ工業株式会社」

1階ショールームの様子。沿革や取扱い製品が一目で理解できます。
今回見学させていただいたナカ工業株式会社は、東京都台東区に本社を置く建材メーカーです。
創業は1932(昭和7)年。90年以上にわたり、建築設備や建材の開発・製造・施工を一貫して手掛け、日本の建築業界を支え続けてきました。
同社の名前をご存じない方でも、実はナカ工業の製品を利用したことがある人は非常に多いはずです。
病院や介護施設で見かける手すり。マンションの避難設備。オフィスビルの床下を支えるOAフロア。天井点検口やノンスリップなど、普段は意識することのない建材も、同社の代表的な製品です。
特に医療・福祉施設向けのバリアフリー手すりは、日本全国の病院のおよそ7割で採用されているといわれており、その実績は国内トップクラス。
まさに、日本の医療・福祉を陰から支えている企業の一つと言えるでしょう。
八潮市新町にある東京工場には、製造部門だけでなく、営業企画管理部、開発営業部、東日本工務部、情報システム課、さらには技術研究所など、同社の中核となる部門が集約されています。
八潮市が、ナカ工業にとって重要な拠点であることがよく分かります。
会社説明から始まった工場見学

見学会は、会議室での会社説明からスタートしました。
会社の歴史や事業内容、代表製品の紹介に加え、防災やバリアフリーに対する考え方などについて丁寧な説明がありました。
その後、参加者は2班に分かれ、それぞれ工場内を見学します。


工場へ入る前に全員がインカムを装着。製造現場では機械音が大きいため、担当者の説明がしっかり聞こえるよう配慮されています。
こうした細かな工夫からも、安全管理や見学者への配慮が徹底されていることが伝わってきました。
工場内は整理整頓が行き届き、材料や部品、製品が効率よく配置されています。製造現場というと大きな音が響く活気ある空間を想像しますが、その一方で、社員の皆さんが一つひとつの工程を丁寧に確認しながら作業を進める姿が印象的でした。
“避難をデザインする”という考え方

最初に見学したのは、避難はしごや降下型避難機器の製造工程です。
地震や火災などの災害は、いつ起こるか分かりません。万が一の際、多くの人が安全に避難できる設備が求められる中、ナカ工業では「避難をデザインする」というコンセプトのもと、従来にはない避難機器の開発を続けています。
工場では、プレス加工から溶接、組み立て、クリーニング、強度試験、最終検査、梱包まで、一連の製造工程を見ることができました。




完成した製品だけを見るとシンプルな構造に見えますが、その裏側では数多くの工程と厳しい品質管理が積み重ねられています。
一つひとつの部品が正確に組み付けられ、細部まで検査が行われる様子からは、「人の命を守る製品」をつくる責任の重さが伝わってきました。
近年では国内だけでなく、韓国など海外への輸出も増えているそうで、日本で培われた高い技術が海外でも評価されていることがうかがえます。

展示スペースでは、在来製品との比較展示も行われており、実際に構造を見比べながら、進化したポイントについて詳しい説明を受けることができました。
消防庁長官賞を受賞した「UDエスケープ」

降下型避難機器「UDエスケープ」
見学の中でも特に印象に残ったのが、降下型避難機器「UDエスケープ」です。
これは、ベランダの避難はしごが利用しにくい人でも、安全に下階へ避難できるよう開発された製品です。利用者はステップに立ち、ペダルを操作することで、立ったままゆっくりと下階へ降下することができます。
従来の避難はしごでは、体力や腕力が必要になるケースも少なくありません。高齢者や小さなお子さん、乳幼児を抱えた保護者、あるいは手足にけがを負った人にとって、避難はしごを使用することは容易ではありません。
そうした課題を解決するために生まれたのが、この「UDエスケープ」です。その高い安全性と革新性が評価され、「優良消防用設備等 消防庁長官賞」を受賞しています。
「避難器具は使われないことが一番望ましい。しかし、もしもの時には確実に命を守らなければならない。」
そんな製品づくりへの考え方が、開発思想の根底にあることを感じさせられる時間でした。
さらに近年では、車いす利用者がそのまま避難できる「UDエスケープWith」も開発されています。

UDエスケープWith
介助が必要な高齢者や障がいのある方だけでなく、小さなお子さんやけがをした方と一緒に避難する場面も想定した製品で、従来では難しかった”誰も取り残さない避難”を実現する設備として注目されています。
この製品も、大阪府堺市のクリニックへの設置実績などが評価され、「令和5年度優良消防用設備等表彰(消防庁長官表彰)」を受賞しています。
実際に製品を目の前にすると、「防災」という言葉だけでは表現できない、人へのやさしさや思いやりが形になっていることを強く感じました。
避難機器とは単なる設備ではなく、「命を守るための最後の砦」。そんなことを改めて考えさせられる見学となりました。
後編につづきます。












