アンケート129件が明らかにした「被害は現在進行形」という実態

2025年1月28日、最初の陥没事故発生から間もない現場の様子
あの日の光景を、今も鮮明に覚えています。
陥没した穴に落ちたトラックの運転手さんとは、会話ができていた──そんな報道に、すぐにも救出されると多くの人々が信じていました。しかし救出は難航し、陥没は次第に広がっていきます。現場は3ヶ月もの間、救出作業に追われ続けました。
その間、周辺の方々は工事の音や激しい振動、悪臭、地盤への不安、せきや頭痛、のどの痛みなど、さまざまな健康被害に悩まされながらも、運転手さんを想い、じっと耐えていました。

2025年1月29日深夜1時ごろ、トラックの荷台部分が取り出されましたが、その直後、新たに大きな陥没が発生し、画像の中央に見えている飲食店の大きな看板が巻き込まれました。
5月2日に運転手さんが救出されました。そして季節は夏へと向かい、7月には「車のエンブレムが変色している」など、硫化水素による被害が目立つようになりました。
2025年は6月下旬に35度を超える猛暑日が観測されるなど、例年にない暑さとなり、こうした気象条件も現場を取り巻く環境に影響を与えたかもしれません。
県は、現場周辺5ヶ所で朝に一度行う定点観測を根拠として「硫化水素は温泉地と同程度で健康に問題はない」と繰り返しましたが、実際には事故後の早い時期から体調不良を訴える住民の声がありました。

何か月続いたでしょうか。連日5~6基のヘリコプターが早朝から夜の時間まで八潮市の上空を飛んでいました。画像はヘリコプター? ドローン?
事故後の対応をめぐっては、「住民に寄り添う姿勢が十分に感じられない」「声が届いていないのではないか」──そう受け止める住民の声が聞かれました。
とりわけ事故後の早い段階で、住民の声が十分に受け止められなかったことが、現在も続く苦悩につながっているのではないかと感じる方が少なくありません。

2月25日頃から防音壁が設置されました。現場の方々との交流は無くなったが、音の軽減とともに見ている辛さ、あの得体の知れない大きな人を飲み込んでしまった穴がほんとに怖くて・・・。(住民の方より)
そんな状況の中で、周辺住民の間では、互いに声を掛け合いながら状況を確認し合う動きが続いてきました。陥没現場から約70メートルに住む木下さんは、事故直後から住民への声掛けを続けてきました。また、7月には県とともに車のエンブレムの状況を調べる取り組みを行い
住民が直接八潮市長に話を聞いてもらう機会づくりにもつなげています。
こうした一連の取り組みを経て、9月には、住民の声をより幅広く集めるため、アンケート調査が行われました。
八潮陥没事故 アンケート調査結果報告書

陥没事故後の現場周辺の様子
住民の方々へのメッセージ
── アンケート調査報告書の冒頭に、木下さんが記された文章です ──
はじめに、八潮市道路陥没事故によりお亡くなりになられた方に、 心よりご冥福をお祈り申し上げます。
また、事故以降、長期にわたり不安とご苦労の中で日々を過ごされてきた住民の皆様、 事業主の皆様に、心からお見舞いとご挨拶を申し上げます。
そしてこのたびは、お忙しい中、アンケート調査にご協力いただき、誠にありがとうございました。 あらためて、皆様のご理解とご協力に深く感謝申し上げます。
なお、本報告書の取りまとめに時間を要し、 ご報告が遅くなりましたことを、ここにお詫び申し上げます。
本アンケート調査に寄せられた皆様の声を受け止めながら、十分とは言えない知識や経験の中ではありますが、少しでも実情が伝わるよう、手探りで活動を重ねてまいりました。
行き届かない点や至らぬ点もあったかと存じますが、 皆様の声を大切にし、今後につなげていくための記録として、本報告書を取りまとめました。
─ 2025年12月24日 ─
※ 以下、アンケート結果は一次資料として原文のまま掲載し、それ以外の記述は趣旨を尊重した上で再構成しています。
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