国交省との交渉、水洗トイレの誕生秘話まで。知られざる舞台裏
yuko.Nさん(地域情報発信クリエーター)2025/2/19(水) yahoo掲載のバックナンバーを基に掲載しています。
30年前、この場所は大量の不法投棄に覆われた河川敷でした。
そこから私費でゴミを片付け、マリーナをつくり、ボランティアで花を植え、「関東の桃源郷」を本気で目指した人たちがいます。
「無理だからこそやるんだよ」
その言葉通り、花桃にこだわり続けて生まれたのが中川やしおフラワーパークです。
2025年のおまつりは中止になりましたが、菜の花は咲き、花桃のつぼみは静かにふくらんでいます。
歴史を知ると、この景色はきっと違って見えるはずです。
1月の花桃園のわきに白い房咲き水仙が可憐な姿でたたずんでいました。
2月になると菜の花畑が鮮やかな黄色に染まっていきます。3月になればピンク色の花桃が開花し、八潮市に春一番の花桃まつりの季節が訪れます。
この日の気温は9度、昼過ぎに雲が切れて差し込んだ日差しに、愛らしい花の姿が際立ち、静かに早春の優しい香りを運んでくれます。
「中川やしおフラワーパークの歴史を知ろうの会」
2024年1月7日「中川やしおフラワーパーク」を整備された方々にお話をうかがう事ができました。山本商店の田中さんに、この場をご準備いただいたことを心から感謝いたします。
種家さんは寿産業の代表取締役です。織田さんは織田興業の代表取締役。現在、八潮市観光協会の会長を務めておられます。
八潮市観光協会のホームページに1997年(平成9年)にフラワーパーク開園とあります。何も無かった河川敷に最初に作られたのは、フラワーパーク・マリーナです。また現在は散策する方も多く、トイレやしだれ桜も植えられている堤防ですが、その堤防自体も無かったそうです。現在私たちが目にしているフラワーパークのイメージとは大きく異なる風景だったようです。
この場所は個人所有の土地でもあったことから、当時の県議会議員であった大山敏夫さんからの依頼もあり国交省に相談に行きましたが、はじめは何も出来ないと言われたそうです。
そのころ中川と川口の芝川には不法係留が700艇あったそうです。その対策として土屋知事の頃に埼玉県営マリーナが2ヶ所、八潮市の大場川マリーナと川口市の芝川マリーナがオープンしています。2ヶ所のマリーナがオープンしても係留場所が大きく不足している状況が続きました。その対策を役所を交えて話してゆく中で民間でマリーナの建設を!という事になり、その頃には役所も協力的になっていて、国交省に何度も通って交渉を続けた結果「フラワーパーク・マリーナ」の建設が決まりました。
※ 2001年の中央省庁等改革に伴い、運輸省・建設省・国土庁・北海道開発庁を母体として国土交通省が新設されています。マリーナ及びフラワーパークオープンの時点では建設省ですが、現在の通称としての「国交省」で記載させていただきます。
その場所は草が生い茂り不法投棄のひどい場所。まず取り掛かったのはゴミの片付けでした。大量のゴミの処理を行政に負担して頂くことは出来ずに、結局、織田さんが私費を投じて片付けられたようです。
この場所に不法投棄されていたのは、マイクロバス・乗用車など車7台と、他に4トン車で7台分の粗大ゴミだったそうです。
県営大場川マリーナの工事をされていた織田さんが、その土地を整地して私費で造られたのがフラワーパーク・マリーナ!!その後、会社組織の必要からマリーナ会社を設立。
このマリーナ事業に対して八潮市では金儲けのため!という抵抗もあったと言います。
この事について、お話の最後に「マリーナは儲かるのですか?」とお聞きしたところ、「儲かれば大手がやるでしょう!」 フラワーパーク・マリーナは有名なマリーナとは比べ物にならない価格設定で、問い合わせが多いけれど空きがない状態のようです。
マリーナが出来て1~2年たったころ、ロータリーの会長だった川澄吉夫さん(以降川澄さん)が「ここに花を植えたい!関東の桃源郷を作りたい!」5000坪以上あったフラワーパークの場所を「全部貸してくれないか」と!!
川澄さんは、ロータリーでのご自分の事業としてフラワーパークを計画され、設計は齋藤 勝さんに依頼されました。「齋藤さんが川から見た絵を描いてくれて、その通りにフラワーパークを作ったんだよ!」
当初はフラワーパークの草苅・トイレの掃除、後の水辺の楽校の草苅もロータリーがボランティアで行っていたようです。このころ、ボランティアを募って「草苅大作戦」を行う事になりましたが、広大な場所が草ぼうぼう!二度とボランティアが集まらなくなってしまってはと、織田さん・川澄さんの会社の社員が事前に草刈りを行い、当日は一時間程度で終わるように準備されたとか!!当日はたくさんのボランティアが集まったようです。
きれいなフラワーパーク、水辺の楽校の維持はボランティアの方々の力によるものです。
ここからは、川澄さんが中心となり、ロータリーのメンバーがねじり鉢巻きで、菜の花を植えられるようにスコップを持ち石を片付けて開墾し、地元のボランティアも募り、若手農業者の青耕会は耕運機も自前で持ち込んで、すべてボランティアの手によって耕して、花を植えてフラワーパークを整備されたと言います。
近くにお住いの佐藤貞年さんは育てる会を作って、現在も日常的に維持管理をして下さっています。園内の彼岸花が増えていることにお気づきでしょうか?(彼岸花など様々な花を植えて下さっているようです。)
1997年(平成9年)にフラワーパーク開園!!
織田さんは一段落したところでマリーナ事業から手を引こうとされたようです。その時、国交省は全国的な見本として河川敷に建設許可を出しており、また包括的な遷移を考えている時でもあり、織田さんに手を引かれたら計画が台無しになってしまうと引き留められたといいます。
市に対して考えられていたようですが断られ、商工会もお金を扱う事が出来ない事から、この時に観光協会を営利目的の事業も行えるように、5人が名義人になって法人化されています。現在もマリーナ事業は一般社団法人八潮市観光協会の中に組み込まれています。
堤防の上の「水洗トイレ」と「しだれ桜」
新堤は、織田さん・川澄さんが数えきれないほどに足しげく国交省に通い、マリーナやフラワーパークも完成したことから、国交省が整備してくれたものだそうです。
織田さんが当時の江戸川河川事務所の所長に、トイレを造ってほしいと話したところ、簡易トイレの意で快諾されたようです。「新堤防の上で”見晴らしトイレ”っていう名前をつけるから、水洗のしっかりしたトイレを作ってくれ」と要請。国交省は堤防の上に水洗トイレと桜の木を植えるなどということは出来ない。堤防の上のトイレなど日本全国に無いと!!
堤防上のトイレのある場所は、堤防の幅が広いことに気付かれていますか?
これは腹付け(はらづけ)と言って堤防の斜面に水害防止のために別途に土を盛って作っているという事です。トイレの下には浄化槽があり、国交省がしっかりした設備にして下さったようですが、かなりの額の費用がかかっているようです。トイレの両側のしだれ桜をご存知ですか?これは「三春の滝桜」の子どもを分けていただいたものです。八潮市のロータリーは福島県の三春と友好関係にあることから分けていただいたそうです。
一度枯れてしまい、再び植え直しました。車で二度、三春まで足を運ばれたようです。
これからは是非トイレにも注目して下さい!!ペーパーなども補充され清掃が行き届いてきれいでした。また手洗い場の窓からはマリーナやフラワーパークが見晴らせます。
「水辺の楽校」
水辺の楽校を計画していた頃の国交省は、住民の要望について予算を付ける方向に変わって来ており、国交省が全ての工事を行って完成されました。
<国交省・江戸川河川事務所のE-na(い~な)だより(2015年5月17日に開校)より。>
八潮市木曽根地先の中川やしお水辺の楽校において5月17日(日)、開校式を含む開校イベント(中川やしお子供の水辺運営協議会=事務局八潮市主催)が実施されました。
中川やしお水辺の楽校は地域の熱い思いにより地元有志、行政協力の下、子供達の自然体験活動や環境学習拠点として、十年近くかけてこの3月にようやく完成しました。
<水辺の楽校とは>
子どもたちの地域の身近な水辺における環境学習や自然体験活動を推進することを目的として、国土交通省、文部科学省、環境省の連携により進められているプロジェクトです。
現在は八潮市が中心となり「中川やしお子どもの水辺運営協議会」が運営や管理を担っています。
*水辺の楽校の隠れた秘密*
当時の国交省の所長がとても協力的な方で、満月の夜「月が綺麗に映って、十五夜が綺麗に見える」そんな設計をして下さったといいます。
また、木は屋敷林という名前で残して下さった!(新たに木を植えることは出来ないという事です。)大きな銀杏などの木は貴重な木陰や美しい風景を作り上げています。
いつか「観月の会」が企画されることを期待いたします!!
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