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	<title>ボイストレーニング &#8211; 八潮市オンライン【やしおん】</title>
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	<description>埼玉県八潮市の情報ポータルマガジン</description>
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		<title>【八潮のキーパーソンたち：各分野で輝く人々】 八潮の音楽人：「MIKKOのライフ＆サウンド」 Act.4</title>
		<link>https://yashion.jp/report/13332</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[初山智広]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 06 Aug 2024 09:00:36 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[八潮市内で活躍するキーパーソンの方を取り上げる、不定期連載の【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】シリーズ 【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】第一弾は、現役のボーカリストとして、市内でボイストレーニン [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2>八潮市内で活躍するキーパーソンの方を取り上げる、不定期連載の【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】シリーズ</h2>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="alignnone wp-image-13551" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-780x780.jpg" alt="mikko" width="521" height="521" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-780x780.jpg 780w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-300x300.jpg 300w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-1024x1024.jpg 1024w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-150x150.jpg 150w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-120x120.jpg 120w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 521px) 100vw, 521px" /></p>
<p>【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】第一弾は、現役のボーカリストとして、市内でボイストレーニングスクール「<a href="https://www.vivifyvocalschool.com/">vivify vocalschool</a>」 を開設、そのボイストレーニング講師として活躍されている<strong>「MIKKO」</strong>さんをフューチャーし、計4回での連載としてリリース致します。</p>
<p>MIKKOさんがなぜボイトレの講師となったのか。MIKKOさんの目指すものとは。最近スタートした「ゴスペル」教室など、MIKKOさんの音楽との関係を赤裸々に語って頂きました。</p>
<p>こんな方がこの街で活躍しているということを知って頂けると幸いです。</p>
<p><img decoding="async" class="wp-image-9866 alignleft" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/02/image.jpg" alt="vivify Vocal School" width="228" height="170" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/02/image.jpg 640w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/02/image-300x224.jpg 300w" sizes="(max-width: 228px) 100vw, 228px" /></p>
<p><span style="font-size: 16px;"><strong>MIKKOさんは、現在、</strong>県八潮市で受けられるボイストレーニング/​ボーカルレッスンとして、ボイストレーニングスクール「<a href="https://www.vivifyvocalschool.com/">vivify vocalschool</a>」を運営。</span></p>
<p><span style="font-size: 16px;">本格プロ志向から気軽に基礎を学びたい方まで、老若男女問わす、心・健康・美容・にボイストレーニングは最適と、日々レッスンをおこなっています。</span></p>
<p>ご興味のある方はぜひお問合せください。</p>
<div class="linkcard"><div class="lkc-external-wrap"><a class="lkc-link no_icon" href="https://www.vivifyvocalschool.com" target="_blank" rel="external nofollow noopener"><div class="lkc-card"><div class="lkc-info"><img decoding="async" class="lkc-favicon" src="https://www.google.com/s2/favicons?domain=%DOMAIN%" alt="" width=16 height=16 /><div class="lkc-domain">vivifyvocalschool</div></div><div class="lkc-content"><figure class="lkc-thumbnail"><img decoding="async" class="lkc-thumbnail-img" src="https://s.wordpress.com/mshots/v1/https%3A%2F%2Fwww.vivifyvocalschool.com?w=200" alt="" /></figure><div class="lkc-title"><div class="lkc-title-text">ボーカルスクール | Vivify Vocal School | 埼玉</div></div><div class="lkc-url">https://www.vivifyvocalschool.com</div><div class="lkc-excerpt"></div></div><div class="clear"></div></div></a></div></div>
<hr />
<h2>Act4.コロナ禍での目覚め！本格ボイストレーナーとしての覚悟、ゴスペル教室も始動 — MIKKOの音楽物語</h2>
<h3>コロナ禍を乗り越えて見えた新たな道</h3>
<p>はじめまして！埼玉県八潮市を中心に活動しています、vivify vocalschool 講師のMIKKOです！</p>
<p>前回は、ボイストレーナーになる！そして新たな道劇団での挑戦！というお話でした。今回はその続きで、コロナ禍での目覚めと本格ボイストレーナーとしての覚悟、そしてついにスタートしたゴスペル教室について、お届けします。</p>
<p>今回が最終話！！長々私の破天荒な荒くれ苦労話をお読みいただき、ありがとうございます！</p>
<p>本気のロックボーカリストの人生の極めつけが今回のお話になるかと思います！ボイストレーナーとしての道を歩み始めた私が、本格的にこの道を進む決意をしたのは、コロナ禍の厳しい試練を乗り越えたからでした。</p>
<h3>ライブハウスの試練と新たな挑戦</h3>
<div id="attachment_13359" style="width: 778px" class="wp-caption alignnone"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-13359" class="wp-image-13359 size-medium_large" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/main-6-780x520.jpg" alt="Asakusa Gold Sounds" width="768" height="512" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/main-6-780x520.jpg 780w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/main-6-300x200.jpg 300w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/main-6-1024x682.jpg 1024w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/main-6.jpg 1280w" sizes="(max-width: 768px) 100vw, 768px" /><p id="caption-attachment-13359" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 12px;">Asakusa Gold Sounds</span></p></div>
<p>浅草のライブハウスは2017年2月に立ち上げ。現役当時、お世話になっていたライブハウスのオーナー兼ブッキングをされていた恩人が、新たに経営する浅草のライブハウスで、私が現役で一番最後まで頑張っていたバンド「JARRING」のメンバーが店長に就任。私はなんと事務で入社しました。</p>
<p>やはり、JARRING解散から5年経っていても、JARRINGの名を覚えていてくれた方々が、あのJARRINGのメンバーがやってるライブハウスなら絶対いい箱だよ！！なんて前評判もあったり、店長を努めるJARRINGのメンバーは、解散後に下北沢のライブハウスでブッキングの仕事を5年やっていたので、バンドさんは徐々に集まり、オープン当初からたくさんのアーティストさんが出演してくれました。</p>
<p>音響さんも照明さんも、凄腕の女性2人が立ち上げメンバーに入っていたので、現場はアーティストからの信頼も厚く、順風満帆に営業はスタート。しかし、新規店舗の音響はなかなか落ち着くまでに時間はかかります。毎日毎日朝方までかけて音を作る音響さん。本当大変そうだった。</p>
<p>私はというと、ライブハウスの経理なんて右も左もわからない。この店を潰さないために必死に事務の仕事をこなすことで精一杯。わからないことだらけで、毎日本社に電話しては質問攻め。本当、頭カチ割れそうな日々。</p>
<p>しかし必死に食らいつき、長い労働時間を耐えて耐えて、私は入社から1年で10キロの激太り。ストレスでお菓子を抱え食べ続けていました。仕事が終わるのは24時をまわっているのに、そこから若いスタッフ達とラーメンや焼肉を食べに行くのも日課になりつつ。本当最悪です(笑)。</p>
<p>せっかく元メンバー2人がライブハウスにいるならと、音楽活動も再始動。アコースティックユニット『MIKKO&amp;SHU』や、この浅草のお店が出来る前から細々と遊びで活動を始めたバンド『Horus』でも、自分が働くこのライブハウスに頻繁に出演するようにもなりました。</p>
<div id="attachment_13345" style="width: 778px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-13345" class="wp-image-13345 size-medium_large" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/58d33341e8aa9dd41e95b71d8be3dd24-780x585.jpg" alt="『MIKKO&amp;SHU』" width="768" height="576" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/58d33341e8aa9dd41e95b71d8be3dd24-780x585.jpg 780w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/58d33341e8aa9dd41e95b71d8be3dd24-300x225.jpg 300w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/58d33341e8aa9dd41e95b71d8be3dd24-1024x768.jpg 1024w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/58d33341e8aa9dd41e95b71d8be3dd24.jpg 1280w" sizes="(max-width: 768px) 100vw, 768px" /><p id="caption-attachment-13345" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 12px;">『MIKKO&amp;SHU』</span></p></div>
<p>しかし、みにくく太った私は改めて歌い始めても、そんなに本気が出せません。それに、やはりライブハウススタッフなので、共演者もJARRINGを知らない方々は、なんでスタッフが？といった感じ。キャリアを積んだ、ただのおじさんとおばさん。</p>
<p>またロックを歌い始めてもなかなか当時のような気持ちにはなれませんでした。</p>
<p>しかし、歌う場が断然増えたので、ボイストレーニングの仕事は生徒さんが切れることはありませんでした。浅草のお店でも午前中にレッスンをさせてもらったり、月8回ある休みの中で、浅草で出会ったアーティストさんも、生徒としてレッスンに来てくれたり。ボイストレーナーとしてのキャリアは着実に積み上がっていました。</p>
<p>生徒さんと必死に歌に向き合い続けてるので、40歳超えてからの方が、私自身の歌唱力も確実に上がっていったかと思います。</p>
<p>ライブハウス立ち上げから1年も経たない頃、またも店を流行らす為の話題作りとして、劇団を再始動。過去関わってくれたミュージシャンもお誘いして、あとはフルメンバー新規。しかし、やはり劇団はライブハウススタッフをしながらの稽古は厳しかった…。この1作だけで、本気で幕閉じしましたが、かなり良い作品で終えれたのでもう悔いは何一つありません！！</p>
<h3>コロナ禍でのライブハウス存続の戦い</h3>
<p>店は2年目に突入。ライブハウスもボイストレーニングも軌道に乗り、売上も立ってきた3年目に、世の中は、あの「コロナ禍」に突入していきます。</p>
<p>私が勤めるライブハウスは飲食店登録だったので、営業は止められてしまいました。それ以前に、メディアではライブハウス叩きが始まっていました。ライブハウスは人が密集し、防音の為、換気もなく、とても危険だと。</p>
<p>はい、それは人気のあるアーティストが出演するごくまれな日だけね。ごくまれな日とは、月4～5日。あとは正直言って、お客さんが0人の日だってあるし、多くて10人前後。これがライブハウスの実情であり真実。今の時代、そんなにライブハウスに人は集まらなくなっていたのです。バンドブームの頃とは違います。</p>
<p>私が勤めていたライブハウスのキャパは250人。残念ながら、そんな大きな箱で多くて10人前後の動員。これのどこが危険なんだ…。ソーシャルディスタンスなんて言わなくても、勝手にソーシャルディスタンス状態よ。</p>
<p>しかもライブハウスは換気がめちゃくちゃしっかりしています。そういう作りじゃないとビルの管理上、営業出来ません。</p>
<p>ここで私のロック気質は爆発です。何も知らねーで。クソメディアどもが(怒)</p>
<p>毎日テーブルひっくり返す勢いの怒り。メディアからもたくさんのインタビュー依頼の電話が日々鳴り響きました。丁寧にお断りしますが、腹わたは煮えくり返るばかり。でも、そんな怒り、どこにも吐き出せません。連日ライブハウスが危険と報じられ、私が過去お世話になっていたライブハウスから軒並み閉店の知らせが入ります。私達の店も限界に達しようとしていました。</p>
<p>その時、社長が、ある策を提案します。</p>
<p>この店を俺は手放すしかない。<br />
その代わり、店長にこの店をオーナーとして引き継いでほしい。<br />
そうすればたくさんの策が生まれる。それがこの店を存続させる唯一の方法だと。</p>
<p>店長は散々悩んだようですが、ここで一大決心。一か八かの勝負に出ました。</p>
<p>ライブハウスへの想い、これまで頑張ってくれたスタッフ達への想い。自分を頼って出演し続けてくれてるアーティスト達への想い。</p>
<p>店長がオーナーとなり再出発！！しかし、このままではあと2ヶ月で潰れる…という状況。</p>
<p>プライドだの、なんだの言ってる場合ではありません。すぐさま、なんと「クラウドファンディング」に踏み切りました。</p>
<div id="attachment_13360" style="width: 778px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-13360" class="wp-image-13360 size-medium_large" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/sub4-1-780x584.jpg" alt="Asakusa Gold Sounds" width="768" height="575" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/sub4-1-780x584.jpg 780w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/sub4-1-300x225.jpg 300w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/sub4-1-1024x767.jpg 1024w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/sub4-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 768px) 100vw, 768px" /><p id="caption-attachment-13360" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 12px;">Asakusa Gold Sounds</span></p></div>
<p>立ち上げからたったの3年。まったく知名度のない新規オープンしたばかりのライブハウスのクラウドファンディング。だからこそ、本気で皆さんに助けを呼びかけました。</p>
<p>すると驚いたことに、これまで出演し続けてくれてたアーティストはもちろん、少し遠ざかっていたアーティストも、さらに解散から8年経っても、JARRINGで繋がっていたバンド仲間、当時のお客さん、ボイトレの生徒さん、皆さんがこぞって力を貸してくれました。</p>
<p>この頃は、毎日毎日泣いていたなぁ…。こんなにも人のありがたみを感じたことは過去ありませんでした。</p>
<p>店は営業出来ませんが、配信だったらOKと、東京都からの許可が出たので、若いスタッフが必死に配信の機材、配信の仕方、など情報をかき集め、安い機材でのテスト配信ライブをMIKKO&amp;SHUで行いました。ファースト配信ライブはiPhoneのカメラ1台。しかもスタッフの私物です。</p>
<p>そして投げ銭も募り、この日のライブはなんとか皆さんに観ていただけて、投げ銭もたくさんいただけて、大成功に終わりました。スタッフ一同、とにかく泣いて喜びました。</p>
<p>この修羅場を乗り切り、新たなライブハウスの形が生まれ、今尚、動員＆配信でライブが観れるライブハウスへと展望していきました。今では高級カメラがたくさん導入され、配信ライブの映像も音も、どの店にも負けないハイレベルに達しています。生を体感できない配信ライブは、これまで邪険に思っていたけれど、地方にいる友人や家族、お客様にもリアルタイムで届けられて、何て素晴らしいんだ！と改めて気付くことができました。</p>
<p>浅草のライブハウスは音も照明も良いと評判をいただいていたので、正直、配信への挑戦は並々ならぬものでしたが、それを日々研究し、寝ずにあの頃頑張っていたスタッフ一同が本当に誇らしかったです。</p>
<p>営業が出来ない中、私は何をしていたかというと、スタッフ達の地道な日々の努力や、投げ銭を集う為のボランティア配信ライブに、毎日アーティストが1組づつ出演頂き、その舞台裏の撮影を行い、毎日Youtubeにアップし続けました。私は事務もしながら、撮影＆編集の日々。毎日なので、休みなくライブハウスに通い続けていました。</p>
<p>これを機に、私は撮影＆編集の腕を日々着実に上げていくのでした(笑)</p>
<p><strong>次のページに続きます</strong></p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>【八潮のキーパーソンたち：各分野で輝く人々】 八潮の音楽人：「MIKKOのライフ＆サウンド」 Act.3</title>
		<link>https://yashion.jp/report/13331</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[初山智広]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 Jul 2024 09:00:26 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[八潮市内で活躍するキーパーソンの方を取り上げる、不定期連載の【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】シリーズ 【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】第一弾は、現役のボーカリストとして、市内でボイストレーニン [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2>八潮市内で活躍するキーパーソンの方を取り上げる、不定期連載の【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】シリーズ</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-13551" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-780x780.jpg" alt="mikko" width="564" height="564" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-780x780.jpg 780w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-300x300.jpg 300w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-1024x1024.jpg 1024w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-150x150.jpg 150w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-120x120.jpg 120w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 564px) 100vw, 564px" /></p>
<p>【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】第一弾は、現役のボーカリストとして、市内でボイストレーニングスクール「<a href="https://www.vivifyvocalschool.com/">vivify vocalschool</a>」 を開設、そのボイストレーニング講師として活躍されている<strong>「MIKKO」</strong>さんをフューチャーし、計4回での連載としてリリース致します。</p>
<p>MIKKOさんがなぜボイトレの講師となったのか。MIKKOさんの目指すものとは。最近スタートした「ゴスペル」教室など、MIKKOさんの音楽との関係を赤裸々に語って頂きました。</p>
<p>こんな方がこの街で活躍しているということを知って頂けると幸いです。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-9866 alignleft" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/02/image.jpg" alt="vivify Vocal School" width="204" height="152" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/02/image.jpg 640w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/02/image-300x224.jpg 300w" sizes="(max-width: 204px) 100vw, 204px" /></p>
<p><span style="font-size: 16px;"><strong>MIKKOさんは、現在、</strong>県八潮市で受けられるボイストレーニング/​ボーカルレッスンとして、ボイストレーニングスクール「<a href="https://www.vivifyvocalschool.com/">vivify vocalschool</a>」を運営。</span></p>
<p><span style="font-size: 16px;">本格プロ志向から気軽に基礎を学びたい方まで、老若男女問わす、心・健康・美容・にボイストレーニングは最適と、日々レッスンをおこなっています。</span></p>
<p>ご興味のある方はぜひお問合せください。</p>
<div class="linkcard"><div class="lkc-external-wrap"><a class="lkc-link no_icon" href="https://www.vivifyvocalschool.com" target="_blank" rel="external nofollow noopener"><div class="lkc-card"><div class="lkc-info"><img decoding="async" class="lkc-favicon" src="https://www.google.com/s2/favicons?domain=%DOMAIN%" alt="" width=16 height=16 /><div class="lkc-domain">vivifyvocalschool</div></div><div class="lkc-content"><figure class="lkc-thumbnail"><img decoding="async" class="lkc-thumbnail-img" src="https://s.wordpress.com/mshots/v1/https%3A%2F%2Fwww.vivifyvocalschool.com?w=200" alt="" /></figure><div class="lkc-title"><div class="lkc-title-text">ボーカルスクール | Vivify Vocal School | 埼玉</div></div><div class="lkc-url">https://www.vivifyvocalschool.com</div><div class="lkc-excerpt"></div></div><div class="clear"></div></div></a></div></div>
<hr />
<h2>Act3.ボイストレーナーになる！そして新たな道への挑戦！ —MIKKOのライフ＆サウンド</h2>
<p>はじめまして！埼玉県八潮市を中心に活動しています、vivify vocalschool 講師のMIKKOです！</p>
<p>前回は、本格ロックボーカリストへの道のり、というお話でした。今回はその続きで、ボイストレーナーを生業にしたきっかけと、そして新たな道への挑戦を踏み出したお話をお届けしたいと思います！</p>
<h3>病気の不安とボイストレーナーへの一歩</h3>
<p>前回でもお話したかと思いますが、30代で体調に綻びが出始めた頃。</p>
<p>33歳のもっとも輝かしく荒々しいバンド全盛期に、突然の乳がんの疑い。結果がなかな判明せず、半年悩んでいた時期がありました。</p>
<p>そんなことから、自分の身体をもっと大事にしていきたいと思いはじめていた最中、バンドのメンバーから「歌を人に教えてみたら？」とのアドバイスがありました。</p>
<p>確かに、歌としか真剣に向き合ってきていない人生だった私には、『歌』が唯一自信があるものになりつつあった為、ボイストレーナーという職種に少なからず興味を持ちはじめました。</p>
<p>元々、日本でトップを走るボイストレーナーの元で10年修行も積んでいたので、トレーナーとしての知識だけはいっぱしにありましたから。</p>
<h3>人を育てる喜びとアルバイト経験</h3>
<p>売れないバンドマンをしながら長い間続けていたビデオ屋も警備員というアルバイトの経験も、キャリアを積み続けたこともあり、中でも「人を引っ張る」実力を認められて、どちらの勤め先からも「社員となって、人材育成などしてみないか？」とお話をいただいていた頃でもあります。</p>
<p>どうやら私は人を育てることも好きだったようです。</p>
<p>特に、ビデオ屋は大学生アルバイト中心の職場でしたので、常にトレーナーとしての立場で、今後社会に出ていく学生さんの指導が中心でした。</p>
<p>警備員は逆に、戦後の日本を支えた元警察や自衛隊OBのおじい様達、会社社長や会長さんなども暇つぶしにバイトに来てたり、現役美大生の可愛い女子達も多く、とても日々勉強になる話が飛び交う現場。</p>
<p>とても楽しかったです！</p>
<h3>ボイストレーナーとしての第一歩</h3>
<p>バイト先からの社員登用のお話を頂きながら、しかし社員となると、全盛期で飛び回っていたバンドに支障が出る為、「副業で歌を教える」ということに気が向き始めると同時に、まわりのボーカリスト達からも、「MIKKOさんに歌を教えてもらいたい」という声も、確かにいただくようになっていました。</p>
<p>四季折々、真夏の炎天下、全国一の気温をたたきだした日も、洪水警報が出るほどの大雨の日も、関東で何十年ぶりかの積雪を記録した大雪の日も、ホッカイロ16個くらい貼って野外で頑張った結婚式場の警備員。</p>
<p>15年の歴史に幕を閉じ、ボイストレーナーとしてフリーでの活動を決意するのでした！</p>
<p>しかしボイストレーナーだけでは到底食べてはいけないので、とりあえずビデオ屋は並行して続けながら、当時まだSNSも普及してないので、自前で作ったチープなホームページで宣伝開始。</p>
<p>初めて来てくれた生徒さんは八潮在住のバンドマンの青年！</p>
<p>嬉しかったなぁ！！</p>
<p>そこから口コミでボイトレを宣伝し、警備員としてに稼いでいた額には到底及びませんでしたが、生徒さんはどんどん増えていきます。</p>
<p>現役で歌っていたこともあり、当時慕ってくれた後輩バンドマンが、こぞって生徒としてボイトレにも来てくれるようにもなりました。</p>
<h3>演劇への再挑戦と劇団の立ち上げ</h3>
<div id="attachment_13334" style="width: 546px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-13334" class="wp-image-13334" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/d9474e04452625a630177e6e01a48d57-780x1155.jpg" alt="" width="536" height="793" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/d9474e04452625a630177e6e01a48d57-780x1155.jpg 780w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/d9474e04452625a630177e6e01a48d57-203x300.jpg 203w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/d9474e04452625a630177e6e01a48d57-692x1024.jpg 692w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/d9474e04452625a630177e6e01a48d57-1038x1536.jpg 1038w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/d9474e04452625a630177e6e01a48d57.jpg 1280w" sizes="(max-width: 536px) 100vw, 536px" /><p id="caption-attachment-13334" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 12px;">劇団vivify 1作目のポスター</span></p></div>
<p>地味にボイストレーナーを続けながらも、全国区を飛び回っていたバンドがついに37歳で解散。解散が決まった時点で私は次の活動に向け密かに動き出していました。</p>
<p>実は私、中学生の時は「演劇部」に入り、お芝居にものめり込んでいたのです！</p>
<p>顧問の先生が音大出の芝居にも詳しい先生で、中学の部活ながら、しっかり芝居のノウハウを教えてくれました。</p>
<p>シェイクスピアから始まり、有名な台本を元に演じる面白さにハマっていきました。中学3年の最後のお芝居は八潮市のメセナで自分の脚本、演出で卒業公演も行ったほどです！</p>
<p>そして高校に入学し、演劇か、バンドか、どちらを今後真剣にやっていくべきなのかを散々悩み、結果バンドを選択。それから37歳に至るまで、嫌ってほどバンドはやってきました。</p>
<p>解散したとて、結婚して家庭に入る、なんてご縁もなかったので、もう一度演劇をやってみたいと思い、なんと思い切ってミュージシャン中心の劇団を立ち上げることに！！</p>
<p>この頃、同時に日本のミュージカル界、アニソン界を牽引する大物シンガーが立ち上げたボイストレーニングスクールにも、講師でお声がけいただき、ボイストレーナーとしての道も順風満帆かと思いきや、この大物シンガーさんと意見の食い違いで大喧嘩！！啖呵を切って辞めることに…。</p>
<p>これを機に、私はどこにも所属せず、一生一人でやっていくことを決意しました。それと同時に、自分の歌に対する想いが人一倍、いや、人十倍熱いことも実感することができました。</p>
<p>私は私の道を行く！！一匹狼でいい。これが私だ！！と。</p>
<p>そんな鼻息が荒いことがあった為、劇団にも並々ならぬ想いが募ります。</p>
<p>そんなこんなで、自分が想像していたものより大がかりな劇団になってしまいました(汗)。当時活きの良い知名度のあるボーカリスト達を集めたので、本当てんやわんやです(汗)。</p>
<p>ボーカリスト達は負けん気の強い今が旬の活気のある子ばかり。私は演者にはならず、脚本と演出を主宰として努めました。</p>
<p>バンドで自分の個性を表に出す為に必死だったここまでの人生。初めての裏方です。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-13335 alignnone" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/092f40781a7c9956b85ba35d10beccd6-780x523.jpg" alt="" width="749" height="502" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/092f40781a7c9956b85ba35d10beccd6-780x523.jpg 780w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/092f40781a7c9956b85ba35d10beccd6-300x201.jpg 300w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/092f40781a7c9956b85ba35d10beccd6-1024x687.jpg 1024w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/092f40781a7c9956b85ba35d10beccd6.jpg 1280w" sizes="(max-width: 749px) 100vw, 749px" /></p>
<p>個性で悩んできたからこそ、ボーカリスト達の魅力をもっともっと世に発信したいという強い想いがありました。</p>
<p>バンド以外でも全力で彼女、彼等を輝かせてあげたい。</p>
<p>全員芝居初心者。当時現役でゴリゴリに活動していたバンドのボーカリスト7人、ドラマー2人、ダンサー1人(この子だけ唯一の芝居経験者)、美大卒の警備員仲間だった優秀な女の子にも役者兼大道具さんとして入っていただき、生バンドの演奏も途中何曲かあったので、ギタリスト、ベーシストにも入っていただき、さらにステージスタッフも2人、計15人の大所帯。</p>
<p>とても一人じゃまとめきれないので、演出サポートで、当時神戸のミュージシャン劇団の主宰をしていた方にも手伝っていただいて、映像作家さんにも入っていただき、フルメンバーでミーティングなんてことになると、スケジュール調整も難しく、稽古も本当大変で。</p>
<p>みんな現役バンドマンですからね。いやはや。</p>
<p><strong>次のページに続きます</strong></p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>【八潮のキーパーソンたち：各分野で輝く人々】 八潮の音楽人：「MIKKOのライフ＆サウンド」 Act.2</title>
		<link>https://yashion.jp/report/13103</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[初山智広]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 23 Jul 2024 09:00:04 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[八潮市内で活躍するキーパーソンの方を取り上げる、不定期連載の【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】シリーズ 【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】第一弾は、現役のボーカリストとして、市内でボイストレーニン [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2>八潮市内で活躍するキーパーソンの方を取り上げる、不定期連載の【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】シリーズ</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone  wp-image-13551" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-780x780.jpg" alt="mikko" width="622" height="622" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-780x780.jpg 780w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-300x300.jpg 300w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-1024x1024.jpg 1024w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-150x150.jpg 150w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-120x120.jpg 120w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 622px) 100vw, 622px" /></p>
<p>【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】第一弾は、現役のボーカリストとして、市内でボイストレーニングスクール「<a href="https://www.vivifyvocalschool.com/">vivify vocalschool</a>」 を開設、そのボイストレーニング講師として活躍されている<strong>「MIKKO」</strong>さんをフューチャーし、計4回での連載としてリリース致します。</p>
<p>MIKKOさんがなぜボイトレの講師となったのか。MIKKOさんの目指すものとは。最近スタートした「ゴスペル」教室など、MIKKOさんの音楽との関係を赤裸々に語って頂きました。</p>
<p>こんな方がこの街で活躍しているということを知って頂けると幸いです。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-9866 alignleft" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/02/image.jpg" alt="vivify Vocal School" width="233" height="174" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/02/image.jpg 640w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/02/image-300x224.jpg 300w" sizes="(max-width: 233px) 100vw, 233px" /></p>
<p><span style="font-size: 16px;"><strong>MIKKOさんは、現在、</strong>県八潮市で受けられるボイストレーニング/​ボーカルレッスンとして、ボイストレーニングスクール「<a href="https://www.vivifyvocalschool.com/">vivify vocalschool</a>」を運営。</span></p>
<p><span style="font-size: 16px;">本格プロ志向から気軽に基礎を学びたい方まで、老若男女問わす、心・健康・美容・にボイストレーニングは最適と、日々レッスンをおこなっています。</span></p>
<p>ご興味のある方はぜひお問合せください。</p>
<div class="linkcard"><div class="lkc-external-wrap"><a class="lkc-link no_icon" href="https://www.vivifyvocalschool.com" target="_blank" rel="external nofollow noopener"><div class="lkc-card"><div class="lkc-info"><img decoding="async" class="lkc-favicon" src="https://www.google.com/s2/favicons?domain=%DOMAIN%" alt="" width=16 height=16 /><div class="lkc-domain">vivifyvocalschool</div></div><div class="lkc-content"><figure class="lkc-thumbnail"><img decoding="async" class="lkc-thumbnail-img" src="https://s.wordpress.com/mshots/v1/https%3A%2F%2Fwww.vivifyvocalschool.com?w=200" alt="" /></figure><div class="lkc-title"><div class="lkc-title-text">ボーカルスクール | Vivify Vocal School | 埼玉</div></div><div class="lkc-url">https://www.vivifyvocalschool.com</div><div class="lkc-excerpt"></div></div><div class="clear"></div></div></a></div></div>
<hr />
<h2>Act2.本格ロックボーカリストへの道のり — MIKKOのライフ＆サウンド</h2>
<p>はじめまして！埼玉県八潮市を中心に活動しています、vivify vocalschool 講師のMIKKOです！</p>
<p>この度、ご縁をいただきまして、私の音楽人生を中心としたお話を、この場をお借りして、お届けさせていただきたいと思います！</p>
<p>面白おかしく読んでいただけるよう努めますので、最後までお読みいただけたら嬉しいです。</p>
<p>今回は、本格ロックボーカリストへの道のり、というお話です。しかし今回は痛々しい内容かもしれません(笑)。今では素敵な想い出!!</p>
<h3><strong>バンドの始まりと最初の挫折</strong></h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-medium_large wp-image-13113" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/a6922361834caf307dfb056e948413d1-780x585.jpg" alt="" width="768" height="576" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/a6922361834caf307dfb056e948413d1-780x585.jpg 780w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/a6922361834caf307dfb056e948413d1-300x225.jpg 300w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/a6922361834caf307dfb056e948413d1-1024x768.jpg 1024w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/a6922361834caf307dfb056e948413d1.jpg 1221w" sizes="(max-width: 768px) 100vw, 768px" /></p>
<p>16歳で初のバンド結成！高校の文化祭は毎年出演し、高校2年生からライブハウスでの活動もスタートさせました。</p>
<p>すっかりバンドの面白さにのめり込んだ私は、高校卒業後にバンドを継続させながら、アパレル業界に就職。アパレル店員をしながら、バンドメンバーを一新、女性3名、男性2人でポップでキュートなバンドを結成。この頃は、もう弾けるばかりのの笑顔で、ミニスカートで歌ってましたよ！自分で言うのもなんですが、眩しいほど可愛かった(笑)。自分たちの音楽ジャンルを「ポップンキュート」と名付け、順風満帆にライブ活動をしていました。</p>
<p>しかし社会は厳しいもので、だんだん仕事の忙しさにのみこまれまして、バンドをやる時間が全くない!!ということで、2年半で会社を退職。フリーターとなり、地元のレンタルビデオ屋さんと警備員のバイトの掛け持ちで必死に働きながらバンドを頑張りましたよ。</p>
<p>バイト先には意気揚々と「この後バンドが売れちゃうので、2年くらいしか働けません！」と伝えていました。まあこの後、何年このバイトを続けたかは後半でお伝えします(笑)。</p>
<p>バンドはライブハウスからのプッシュもあり、オーディションにも挑戦し、業界の方の目に止まるようにもなり、「あ～私は確実にプロになれるんだなぁ！」と妙な自信もありましたね。</p>
<h3><strong>目指したメジャーデビューとその挫折</strong></h3>
<p>当時人気絶頂だった「PRINCESS PRINCESS」のメンバーや、「レベッカ」のキーボーリストの土橋さんにお知り合いになる機会を頂き、メジャーへのバックアップがどんどん進んでいきます。順風満帆!!。</p>
<p>という絶好調の中、なんと女性メンバーの妊娠が発覚。お相手は元々お付き合いしていた同じバンドのメンバーの男性。2人は子どもを育てる為、同時脱退…。残されたメンバー3人で何度も話し合い、新たなバンドを結成するも、うまくはいかず。もう一人の女性メンバーはなんと音楽の聖地、インドのデリーに渡り、本格的に音楽を学びたいということで脱退。敢え無くバンドは消滅。順風満帆だったバンドは解散に至りました。</p>
<p>とはいえ、当時の事務所にバックアップしていただき、私はなんとかソロデビューのお話をいただきました。</p>
<p>レベッカのNOKKOさんにとても憧れていたので、そのレベッカの土橋さんプロデュースでのデビューのお話をいただいた時は、泣くほど嬉しかったのですが、寝ても覚めても、どうにも引っ掛かることが。</p>
<p>それは、バンドへのこだわりでした。</p>
<p>どうしても、バンドでデビューしたかった。かくして私、愚かにもソロデビューのせっかくのチャンスのお話をお断りしてしまいました。この時私は21歳。業界からしてみれば、ギリギリの年齢と言われました。</p>
<p>21歳で遅い…ってことはこれからどんどん歳を取るのにこのままではまずい…と心底焦りました。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-13105" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/4c0d790afc76bb6bbce0284ee6c3762a.jpg" alt="" width="684" height="488" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/4c0d790afc76bb6bbce0284ee6c3762a.jpg 684w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/4c0d790afc76bb6bbce0284ee6c3762a-300x214.jpg 300w" sizes="(max-width: 684px) 100vw, 684px" /></p>
<p>さっそく、新しいバンドのメンバー探しを始めたのですが、そう簡単には見つからず、とりあえず事務所がこの子とやってみたら？とキーボードの女の子を紹介してくれてまして。</p>
<p>その頃コーラスのサポートをしていたバンドでメインボーカルに抜擢され、キーボードの子もまじえ、女性2人、少し年上の男性3人の5人での新たなバンドが結成されました。</p>
<p>この頃の私はもう24歳になっていました。とにかく焦っています。</p>
<p>このバンドのバンマスに、これからどんどん歳は取る一方だから、もう大人びた歌を歌った方がいいと言われ、無理して難しい歌にも挑戦。自分がどんな歌を歌いたいのかを完全に見失いながらも、当時の事務所は毎週のように、業界へのプレゼンライブを用意してくれて、10社くらい集まる音楽業界人の中で、必死に歌っていました。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-13111" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/1a4280411c57e94d544d52d37f7e0b42.jpg" alt="" width="700" height="492" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/1a4280411c57e94d544d52d37f7e0b42.jpg 700w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/1a4280411c57e94d544d52d37f7e0b42-300x211.jpg 300w" sizes="(max-width: 700px) 100vw, 700px" /></p>
<div id="attachment_13110" style="width: 711px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-13110" class="wp-image-13110" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/1e2c8965dbee3602a3ba272b0d530b1c.jpg" alt="プレゼンライブ" width="701" height="455" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/1e2c8965dbee3602a3ba272b0d530b1c.jpg 684w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/1e2c8965dbee3602a3ba272b0d530b1c-300x195.jpg 300w" sizes="(max-width: 701px) 100vw, 701px" /><p id="caption-attachment-13110" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 12px;">連日プレゼンライブに明け暮れていた頃</span></p></div>
<p>しかし、何度プレゼンライブをやっても、バックはいいんだけど、ボーカルが弱い…。あの子がちゃんと歌えてからまた声かけて下さいと、業界の方々は口を揃えて伝えてきます。</p>
<p>どんどん自信がなくなり、歌うことも嫌で嫌で自暴自棄となりつつある頃、そのバンドのメンバーにも愛想をつかされ、同時に3人が脱退。キーボードの子はかなりの実力派だったので、どんどん大きな仕事をもらえるようになり、このバンドに費やす時間がないと離れていきました。</p>
<p>絶望しかない日々。友達と遊ぶことは一切なく、私生活もバンド中心だったので、お金もなく、可愛い衣装も買えず。どんどん落ちぶれた貧乏バンドマンに。</p>
<p>歌もパッとしない。華もない。しまいには事務所と大揉め。</p>
<p>「お前なんか一生売れない」</p>
<p>捨て台詞を吐かれ決別。本当の本当にどん底を味わっていた私は当時26歳。しかし、一人、脱退をせず残ったバンマスが、MIKKOに人生を懸けてみようかな！と。</p>
<p>こんなに悔しい思いをして、絶望の中でも、まだ売れたい！という夢は捨てきれませんでした。</p>
<p>そんな私にバンマスは「本当に売れたかったら、もうロックボーカリストになった方がいい。可愛い女性ボーカルをやるには年齢が。本気で売れたいなら、自分のこだわりを捨てて、ロックを歌え！だけど俺は女にロックは出来ないと思ってる。この俺を見返すくらいカッコよくなったら？」。</p>
<p>正直、ロックってなんだ？どんな歌がロックなんだ？と思いましたが、諦めたくないので、わかった！やってみる！と答え、この日から一応ロックボーカリストを名乗り始めました。</p>
<p>ここからバンマスと2人、路上でのアコースティック弾き語りでの武者修行が始まります。</p>
<h3>再度のチャンスと再度の災難と</h3>
<div id="attachment_13106" style="width: 727px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-13106" class="wp-image-13106" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/7001355a6b78135f686db2333d4340bb.jpg" alt="" width="717" height="474" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/7001355a6b78135f686db2333d4340bb.jpg 472w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/7001355a6b78135f686db2333d4340bb-300x198.jpg 300w" sizes="(max-width: 717px) 100vw, 717px" /><p id="caption-attachment-13106" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 12px;">路上でのアコースティックギターでの弾き語りをしていた頃</span></p></div>
<p>1年もすると、また新たにメンバーが運よく見つかり、新たな事務所も見つかり、私の屈辱の日々を払拭するかのようなバンド生活が再スタートするのでした。</p>
<p>事務所が紹介してくれた個人レーベルをやっている方の元でCDリリースできることになり、レコーディングを進めて、いざ発売！という時、このレーベルの方が私に、「お付き合いしてくれたらCD出しますよ！」。</p>
<p>お付き合い？なんだそれ！？そう、この個人レーベルの方は、恋愛目的でのリリースをこじつけてきたのです。もちろんお断りすると、CDリリースも却下となり、それを哀れに思った事務所が可愛そうだと、事務所の方でリリースを引き受けてくれました。事務所は多くのアーティストを抱えすぎている為、うちではもうこれ以上リリースは出来ないと言っていたのにも関わらず、なんとかリリースに踏み切ってくれました。</p>
<p>感謝しかなかったです。本当に泣いて喜びました。この事務所のお陰でCDは全国リリース！！やっと私のバンド名が全国のCD屋さんに並びました！！</p>
<p>喜んでいたのもつかの間。</p>
<p>なんとこの事務所が破綻。</p>
<p>CDは財産差し押さえに。</p>
<p>販売は1週間で停止です。レコ発イベントを終えたばかりの出来事でした。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-13107" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/6d960d2e40f5edeac4cebc86ffd1c4c6.jpg" alt="" width="736" height="516" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/6d960d2e40f5edeac4cebc86ffd1c4c6.jpg 736w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/6d960d2e40f5edeac4cebc86ffd1c4c6-300x210.jpg 300w" sizes="(max-width: 736px) 100vw, 736px" /></p>
<p>こんなことがあるんですよ。またも絶望が襲い、私は心身共に疲れ果てていましたが、CDリリース後のツアーがびっしり決まっていて、ステージをキャンセルするわけにはいかず、無理やりステージに上がり続けました。</p>
<p>心労で音程を取ることが出来ず、ステージ上で泣き出す始末。あまりに過酷すぎて、友達に相談すれば、「バンドなんてやめろ！いい歳して何やってんだ！」と言われ続けていたので、友達にも相談出来ない。CDはもうないのに、アイドルに交じってサイン会をやらされたこともあったなぁ。しかし、私の前には誰も並びません。</p>
<p>はい、ここまでが私の情けない、負け続けた音楽人生。</p>
<p>しかし！！！まだまだ過酷な状況は続きます(笑)</p>
<p>私は絶頂期のバンドが解散した21歳の時と、個人レーベルの奴に裏切られた時に、心底恋愛ごとで夢を諦めたくないと思ったので、恋愛からは遠ざかり、どんどん男勝りになっていきます。悔しい、悔しい、悔しい。ただそれだけになっていきます。</p>
<p>その後、バンドで自主レーベルを立ち上げ、事務所もメジャーレーベルも一切頼らず、ライブハウスの人だけを信じて、セルフプロデュースで全国を毎週のように飛び回り、自主CDを持ってライブを続けました。</p>
<p>バンドを売る為、大阪の音楽フリー雑誌に売り込みに行った時、必死にバンドのアピールをしていると、編集の人に「なにあんた、このバンドのマネージャー？随分うるさいし必死だね(笑)」とバカにされたり、各地のライブハウスでライブ後アンケートを配って記入してもらうと、ボーカルいらなくない？バックの男3人でやれば売れるのに！とか、歌いながら上向くな！ブスが余計ブス！と書かれたりして。ハッキリ一言、華がない！！とか、歌が伝わらない、響かない、とだけ書かれていたり。まだまだ現実は厳しかった…!!。</p>
<p>誹謗中傷なんて当たり前！！今となっては笑っちゃうくらい！！よくあんな思いして続けてたな！と(笑)。ライブハウスの人だけを頼りに毎週飛び回っているのに、ライブハウスの人間にも、ボーカルの存在が薄すぎますね、あなた。なにがやりたいんですか？？と言われる始末。</p>
<p>こんなこと言われている頃にはもう30歳目前。さぁ、どうする私。ここで終わるか？？</p>
<p>&lt;次ページに続く&gt;</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>【八潮のキーパーソンたち：各分野で輝く人々】 八潮の音楽人：「MIKKOのライフ＆サウンド」 Act.1</title>
		<link>https://yashion.jp/report/13061</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[初山智広]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 16 Jul 2024 09:00:47 +0000</pubDate>
				<guid isPermaLink="false">https://yashion.jp/report/13061</guid>

					<description><![CDATA[八潮市内で活躍するキーパーソンの方を取り上げる、不定期連載の【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】シリーズ 【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】第一弾は、現役のボーカリストとして、市内でボイストレーニン [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2>八潮市内で活躍するキーパーソンの方を取り上げる、不定期連載の【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】シリーズ</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-medium_large wp-image-13551" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-780x780.jpg" alt="mikko" width="768" height="768" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-780x780.jpg 780w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-300x300.jpg 300w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-1024x1024.jpg 1024w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-150x150.jpg 150w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2-120x120.jpg 120w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/07/data20240717-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 768px) 100vw, 768px" /></p>
<p>【八潮のトップランナーたち：各分野で輝く人々】第一弾は、現役のボーカリストとして、市内でボイストレーニングスクール「<a href="https://www.vivifyvocalschool.com/">vivify vocalschool</a>」 を開設、そのボイストレーニング講師として活躍されている<strong>「MIKKO」</strong>さんをフューチャーし、計4回での連載としてリリース致します。</p>
<p>MIKKOさんがなぜボイトレの講師となったのか。MIKKOさんの目指すものとは。最近スタートした「ゴスペル」教室など、MIKKOさんの音楽との関係を赤裸々に語って頂きました。</p>
<p>こんな方がこの街で活躍しているということを知って頂けると幸いです。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-9866" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/02/image.jpg" alt="vivify Vocal School" width="640" height="478" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/02/image.jpg 640w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/02/image-300x224.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<p><span style="font-size: 16px;">MIKKOさんは、現在、県八潮市で受けられるボイストレーニング/​ボーカルレッスンとして、ボイストレーニングスクール「<a href="https://www.vivifyvocalschool.com/">vivify vocalschool</a>」を運営。</span></p>
<p><span style="font-size: 16px;">本格プロ志向から気軽に基礎を学びたい方まで、老若男女問わす、心・健康・美容・にボイストレーニングは最適と、日々レッスンをおこなっています。</span></p>
<p>ご興味のある方はぜひお問合せください。</p>
<div class="linkcard"><div class="lkc-external-wrap"><a class="lkc-link no_icon" href="https://www.vivifyvocalschool.com" target="_blank" rel="external nofollow noopener"><div class="lkc-card"><div class="lkc-info"><img decoding="async" class="lkc-favicon" src="https://www.google.com/s2/favicons?domain=%DOMAIN%" alt="" width=16 height=16 /><div class="lkc-domain">vivifyvocalschool</div></div><div class="lkc-content"><figure class="lkc-thumbnail"><img decoding="async" class="lkc-thumbnail-img" src="https://s.wordpress.com/mshots/v1/https%3A%2F%2Fwww.vivifyvocalschool.com?w=200" alt="" /></figure><div class="lkc-title"><div class="lkc-title-text">ボーカルスクール | Vivify Vocal School | 埼玉</div></div><div class="lkc-url">https://www.vivifyvocalschool.com</div><div class="lkc-excerpt"></div></div><div class="clear"></div></div></a></div></div>
<hr />
<h2>Act1.どうして私が歌い手になったのか？ — MIKKOのライフ＆サウンド</h2>
<p>はじめまして！埼玉県八潮市を中心に活動しています、<a href="https://www.vivifyvocalschool.com/">vivify vocalschool</a> 講師のMIKKOです！</p>
<p>この度、ご縁をいただきまして、私の音楽人生を中心としたお話を、この場をお借りして、お届けさせていただきたいと思います！</p>
<p>面白おかしく読んでいただけるよう努めますので、最後までお読みいただけたら嬉しいです。</p>
<p>今回は、なぜ私が歌い手になったか、というお話です！！</p>
<h3>幼少に芽生える燃え盛るロック魂(笑)</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-13115" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/8560c7c7a0ac238c99512b0aaeefec1f.jpg" alt="" width="614" height="444" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/8560c7c7a0ac238c99512b0aaeefec1f.jpg 614w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/8560c7c7a0ac238c99512b0aaeefec1f-300x217.jpg 300w" sizes="(max-width: 614px) 100vw, 614px" /></p>
<p>いきなり生い立ちからいきますよ！</p>
<p>私は1975年10月生まれ。東京で生まれ、八潮に越してきたのは私がまだ2歳くらいの時ですかね。実は両親が離婚をして、母子2人での人生を八潮でスタートしました。物心ついた頃から母子2人ですから、特に寂しいと思うことはなかったのですが、私が小学校に上がる頃には、母が夜な夜な飲み歩くようになりまして…。小学1年生になったばかりの私を置いて、母は朝まで飲み歩くこともあり、私が小学生の頃の母はよく飲みに出てました(笑)。今考えてみれば、母もまだ若いですからね。飲みにくらい、行きたい年頃だったのでしょう！</p>
<p>小学生の高学年になると、私の時代はまだ母子家庭なんて珍しいもので、片親の子はクラスに3人位しかいなくてね…。よくいじめられてました。貧乏だとか、頭悪いだとか。</p>
<p>今思い返すと、先生までが片親の3バカと言って、私達片親3人にヤジ飛ばしてたんですよ！！これ言っていいもんか…ダメでしょうけど言っちゃいましたね(笑)。ハッキリ言って最低な先生でしたね！でも当時の先生なんてこんなものでしょう(笑)</p>
<p>でもこんな経験の一つ一つが私の今尚燃え盛るロック魂に火を付けたのは間違いないですね。</p>
<p>その時の片親の友達が今でも私の親友で、よく子どもの頃の話をしますが、私の方が明らかに覚えてないことがたくさんあります！なにせ、子どもの頃より、この後の人生の方がよっぽど苦しかったので、子どもの頃なんて可愛いもんで、あまり記憶にないのです。</p>
<p>さて、歌い手になった理由にまだ話は届いていないので、そろそろ歌い手になったキッカケにいかないとですね。</p>
<h3>バンドブームと音楽との出会い</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-13063 alignnone" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/616noOcUoqL._UF10001000_QL80_-780x772.jpg" alt="THE BLUE HEARTS" width="512" height="507" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/616noOcUoqL._UF10001000_QL80_-780x772.jpg 780w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/616noOcUoqL._UF10001000_QL80_-300x297.jpg 300w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/616noOcUoqL._UF10001000_QL80_-150x150.jpg 150w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/616noOcUoqL._UF10001000_QL80_-120x120.jpg 120w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/616noOcUoqL._UF10001000_QL80_.jpg 1024w" sizes="(max-width: 512px) 100vw, 512px" /></p>
<p>ここまで読んでいただいた方は、こりゃ絶対グレる流れだろう…とお思いでしょう。</p>
<p>しかし、私はまったくグレることなく、可愛い中学生になりました。さて、何故でしょう？！その秘密は「バンドブーム」にあります。実は中学に上がる頃の時代、世の中は1980年後半から1990年前半まで続く、空前のバンドブームでした。</p>
<p>同じ片親の親友のお兄さんがなんと超グレてたんですが、時代に合ったグレ方で、お兄さんはパンクロック大好き青年で、当時はモヒカンにビョウがたくさんついたライダースを着てて。片手には瓶ビール。お兄さんは当時16歳くらいだったかな。そりゃもう怖かったのですが、このお兄さんのおかげで音楽をたくさん知る機会を得られたんです。</p>
<p>しかし、コアなパンクを私はどうも好きになれず…。私は、バンドブームの中でも、最も人気のあった「THE BLUE HEARTS」が大好きになりました。当時「ハイスクール落書き」というヤンキードラマが大人気で、その主題歌もTHE BLUE HEARTS！「TRAIN-TRAIN」、「リンダリンダ」などが有名ですよね。歌詞が本当にカッコよくて。今聴いても心に沁みます。</p>
<p>私は音楽を聴く中でも、歌詞に意識がいくようで、私の気持ちを代弁してくれるような歌詞の音楽が特に好きでした。</p>
<h3>音楽にのめり込む日々</h3>
<div id="attachment_13064" style="width: 614px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-13064" class=" wp-image-13064" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/PXT00002294019201.jpg" alt="１９８０年の原宿・表参道" width="604" height="402" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/PXT00002294019201.jpg 640w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/PXT00002294019201-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 604px) 100vw, 604px" /><p id="caption-attachment-13064" class="wp-caption-text"><span style="font-size: 12px;">昭和の原宿・表参道</span></p></div>
<p>そんな中学生の頃は、バンドブームの流れで、原宿の代々木公園の前の通りが歩行者天国(ホコ天)になっていて、日曜日は車が通行止めになり、関東各地から数十バンドが集い、その道路で生LIVEが繰り広げられていたのです！！無料でたくさんのバンドのLIVEが観られる！！こんな嬉しいことはない！！</p>
<p>母は、飲み歩くだけで、私に愛情をかけていないわけではなかったので、私がバンドにのめり込んでも、全て肯定！好きなら原宿に行っておいで！と常に私の味方でいてくれたので、オシャレして毎週原宿に通いました。だもの、グレる暇なんてありません！！ホコ天に行けば、毎週大好きなバンドのLIVEが無料で必ず観られる！！今思えば、あの時、あの時代にバンドブームがあって本当に良かったなぁ。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-13117 alignnone" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/d2ac5881d3ef65c5952458ba0fe0f27c.jpg" alt="" width="452" height="674" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/d2ac5881d3ef65c5952458ba0fe0f27c.jpg 464w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/d2ac5881d3ef65c5952458ba0fe0f27c-201x300.jpg 201w" sizes="(max-width: 452px) 100vw, 452px" /></p>
<p>そして！！私はホコ天の中でも、とびっきり好きなバンドができました。そのバンドが歌う歌詞が、また本当に良くてね。中学生の多感な時期の私の心に沁みる沁みる…。また明日から頑張ろうと思える歌が多くて、かなり助けられたんですね。</p>
<p>そのバンドの歌を、毎日毎日家でも繰り返し聴いているうちに、私もこんな歌詞を歌ってみたいな、私のように苦しんでいる人を、こんな歌で救いたいな…と思うようになったんです。</p>
<p>これが、歌い手になる一番のキッカケでした。</p>
<h3>バンド活動のスタート</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-13116" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/17ac4316a0f0a7f6f8a0e0907c530295.jpg" alt="" width="732" height="488" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/17ac4316a0f0a7f6f8a0e0907c530295.jpg 732w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/17ac4316a0f0a7f6f8a0e0907c530295-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 732px) 100vw, 732px" /></p>
<p>高校生になると同時に、私はメンバーを必死に集めて、バンド活動をスタートさせました。まだ高校生なので、まずはお決まりの「文化祭」から！歌のみならず、ギターにも興味を持ちはじめ、母に「ギターが欲しい！」と言った1週間後には、母が自転車でギターを担いで帰ってきました。会社の同僚の娘さんのお古のギター。可愛いショッキングピンクのフェルナンデスのギターです！2万円で譲ってもらったよ！なんて嬉しそうにギターを担いで帰ってくる母。</p>
<p>こんな母だもの、本当、ヤサグレようがありません！</p>
<p>というわけで、見よう見まねのバンドマン人生がスタート。ギターをしょって歌うボーカル！かっこいい！！ちなみに、初めてギターを弾きながら歌った曲はビートルズでした。私は大のビートルズ好き。高校3年生の文化祭でもビートルズのコピーバンドをやりました。</p>
<p>実はライブを終えると、職員室に呼び出されまして。え？！何も悪いことしてないのになんで？？と不安になりながら職員室に行くと、顔だけしか知らない先生に手招きされ、「なんだよ、怖いよ」と恐る恐る近づくと、「ビートルズが好きなんだね！僕も大好きでね！君にはこれからも頑張ってほしいから、これ！！」と渡してくれたのは、当時まだCD化されていない、幻の音源とやらのカセットテープでした。</p>
<p>え？？いいんですか？？と私は大喜び！！ビートルズの幻の音源！高校生には贅沢な代物です！バンド、頑張ろう！！と思えたのも、この先生のお陰なのは間違いないです。</p>
<p>それからライブハウスにも出演するようになり、当時、南浦和にあった、“ポテトハウス”というお店では、毎月一番お客さんを呼べたバンドはお店の月刊のチラシに、写真とバンド名を掲載してもらえるのですが、高校生で私のバンドは2度も載せてもらうことになります。集客も、当時はめちゃめちゃ頑張っていました。</p>
<p>この頃の私はとにかく勢いがあって、なんと当時大人気だった「PRINCESS PRINCESS」のメンバーともご縁があり、ライブを観ていただいたり、可愛がっていただいたり。順風満帆の高校生バンドマンでした！</p>
<h3>これからも歌い続けるために</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-13118" src="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/7d598a47e7a72ab86a3b64c15a1bd1d8.jpg" alt="" width="380" height="560" srcset="https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/7d598a47e7a72ab86a3b64c15a1bd1d8.jpg 464w, https://yashion.jp/contents/uploads/2024/06/7d598a47e7a72ab86a3b64c15a1bd1d8-204x300.jpg 204w" sizes="(max-width: 380px) 100vw, 380px" /></p>
<p>私の歌唱力はというと・・・。</p>
<p>私が幼少の頃から、母には、毎日のような演歌を聴かされ、終いには一緒に歌ったりしてたので、歌心を掴むのも早かったのです！母も大の音楽好き！高校生にしては歌が上手いと褒められてたので、かなり調子にのっていましたね～。</p>
<p>しかし、ここからが本当のバンドマンの過酷さを知っていく日々のスタートとなります。私の人生はまさにロックンロール！転がる石です！</p>
<p>ちなみに今尚、30年以上ステージに立ち続け、いい歳してロックボーカリストです！と名乗り続けています。20代、30代は本当に過酷だった(笑)。だからこそ、今、私にしか歌えない歌を歌えています。この続きはまた次回。</p>
<p>ここまで読んでいただき、ありがとうございました。またお会いしましょうヽ(^o^)丿MIKKOでした！</p>
<p>→次回は<strong>「<a href="https://yashion.jp/report/13103/">Act2.本格ロックボーカリストへの道のり — MIKKOのライフ＆サウンド</a>」</strong></p>
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